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研究者情報:研究・産学連携

ユニーク&エキサイティング研究探訪
【No.27】 2013年7月 掲載
人体内部を高分解能で広範囲に映像化する超音波イメージング技術

到達距離の長い低周波超音波音源の開発

野村 英之 准教授
情報理工学研究科 情報・通信工学専攻

野村 英之 准教授

情報理工学研究科 情報・通信工学専攻の野村英之准教授らの研究グループは、人体内部を高分解能で広範囲に映像化する超音波イメージング技術を開発しています。従来の超音波イメージング用音源には、放射された超音波が遠くまで届かないために広い範囲を映像化できないという弱点がありました。これに対し、野村英之准教授らの研究グループは、超音波ビームが遠くまで到達する音源を開発しました。

音波と超音波

ところで、超音波とは何でしょうか。音波は波であり、大別すると「可聴音波」、「超音波」、「超低周波音」に分けられます。これらの違いは波の周波数によるものです。「可聴音波」とは人間の耳に聞こえる音を意味します。その周波数はおおよそ20Hz~20kHzになります。「超音波」は人間の耳には聞こえないくらいの高い周波数の波です。超音波の周波数は、約20kHz以上になります。一方、「超低周波音波」は超音波と逆に、人間の耳には聞こえないくらいの低い周波数の音です。

超音波検査の仕組み

超音波は空気中だけでなく、水中や生体中などを伝わります。生体はいろいろな材料の組織で構成されており、波の伝わり方が変化する境界で超音波は反射し、戻ってきます。超音波が戻ってくるまでの時間が、反射点までの距離を表します。こういった性質を利用したのが超音波診断装置です。

超音波診断装置では生体の表面に音源(「トランスデューサ」または「プローブ」とも呼びます)を接触させて生体の内部に超音波を送信し、反射してくる超音波(反射波)を受信します。送信する超音波を面状に広げることにより、あるいは超音波の送信方向を変化させて面状に走査することにより、反射波から生体断面の様子を画像化(イメージング)します。

生体内部を検査する方法ではX線検査が良く知られています。X線検査には放射線の被ばくという問題がありますが、超音波検査では被ばくの恐れがありません。

超音波の周波数と分解能

超音波診断では、検査に使う超音波の周波数が空間的な分解能を大きく左右します。原理的には周波数の高い超音波を使うと分解能が向上し、生体内部を細かく画像化できるようになります。現在の医療用超音波検査装置では、周波数が1MHz~20MHzの超音波を利用しています。これは空間分解能になおすと0.8 mmから2 mm程度になります。

ただし周波数を上げて起きるのは、良いことばかりではありません。まず、超音波が生体内部で吸収される割合が大きくなり,超音波が生体内部を進んで反射し、戻ってくるまでの最大距離が短くなるのです。言い換えると、生体内部の深い部分を検査できなくなります。

また周波数を上げると、超音波の音源付近すなわち生体の表面付近では音場が複雑になり、きれいな画像が得られにくくなるという問題もあります。

だからと言って超音波の周波数を下げると、空間的な分解能が低下します。さらには、超音波の広がりが大きくなって生体中を拡散してしまうという問題が生じます。単純に周波数を下げるだけでは、解決策になりません。

ビーム状の音波を出すパラメトリック音源

音場の違い(周波数は1kHz)。左が通常のスピーカ、右がパラメトリック・スピーカ。右は音波が鋭いビームとなって放射されている
パラメトリック・スピーカの応用例。駅ホームにおけるアナウンス用スピーカ

そこで野村英之准教授らの研究グループが考案したのが「パラメトリック音源」の採用です。パラメトリック音源では、周波数の異なる2種類の超音波を同じ方向に送信します。すると、2つの周波数の違い(差分)に相当する周波数(差周波数成分)の音波が,媒質の非線形性により生成され,かつ鋭いビームとなって放射されます。したがって低い周波数の音波であるにも関わらず、音波が広がらずに狭い範囲で遠くまで届くことになります。

なお、パラメトリック音源の代表的な応用例はスピーカです。これは「パラメトリック・スピーカ」と呼ばれています。パラメトリック・スピーカは周波数の異なる2種類の超音波を出しており、周波数の差分に相当する周波数が可聴音となるので、音が聞こえます。この可聴音波はレーザビームのように放出されるので、きわめて狭い範囲だけで音(可聴音)が聞こえ、周囲には音(可聴音)が放出されません。このため特定のスポットだけに音声を聞かせたい用途や、周囲に騒音を与えたくない用途に適しています。

パルス圧縮技術で空間的な分解能を高める

野村英之准教授らの研究グループはまず、パラメトリック音源を試作して100kHzの超音波がビーム状に放射されていることを確認しました。

ただし、100kHzの超音波を超音波イメージングに応用しても、空間的な分解能は高くありません。これだけでは、1MHzを超える超音波を利用した検査技術に対抗できるような分解能は達成できません。

パラメトリック音源へのパルス圧縮技術の適用

そこで次に「パルス圧縮技術」を適用することにしました。パルス圧縮技術にはいくつかの方法がありますが、ここでは音源の超音波を変調することで、差周波数成分の周波数が時間とともに変化する信号(「チャープ信号」と呼びます)をパルス信号にして送信することにしました。そして反射して戻ってくるパルス信号(「エコー信号」と呼びます)と基準となるチャープ信号との相関を取ることで、パルス幅を短く(パルスを圧縮)します。パルス幅を短くすることは周波数を高めることに相当するので、空間的な分解能が高まります。

野村准教授らは実際にチャープ信号の発生音源を試作し、水中で差音(差周波数成分)を受信することを確認しました。また理想的なパルス圧縮として受信した差音に対する自己相関処理を実施し、パラメトリック音源のパルス圧縮を実現しました。この結果、低い周波数でも空間的な分解能を高められることが分かりました。

研究は今のところ、基礎的な段階です。実用化に向け、やるべきことはまだ数多く存在しています。例えば反射信号(エコー信号)を観測すること、エコー信号に対して相互相関処理を実施すること、イメージングを試みること、シミュレーションによって分解能と使用条件を検討すること、などです。課題は山積していますが、地道に解決することによって将来は、1mm程度の空間的な分解能を実現したいとしています。将来が非常に楽しみな研究と言えます。

(取材・文:広報センター 福田 昭)