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研究者情報:研究・産学連携

ユニーク&エキサイティング研究探訪
No.08 「エンターテインメントと認知科学研究ステーション」を母体とする思考ゲーム普及啓発活動

思考ゲーム科学技術の普及啓蒙に貢献

写真1 文部科学大臣表彰科学技術賞表彰式(左から西野順二助教、松原仁教授、伊藤毅志助教、西野哲朗教授)
写真2 文部科学大臣表彰科学技術賞のトロフィー

「思考ゲーム科学技術の普及啓発」に顕著な功績をあげたという理由で、情報・通信工学専攻・伊藤毅志助教、同・村松正和教授、総合情報学専攻・西野哲朗教授、情報・通信工学専攻・西野順二助教(それに、他大学では公立はこだて未来大学・松原仁教授)が、平成22年度の文部科学大臣表彰科学技術賞(「理解増進部門」)を受賞した。伊藤助教を中心とする今回の受賞者5名は、2006年に電通大の組織横断型共同研究グループとして「エンターテインメントと認知科学研究ステーション」を立ち上げ、この研究ステーションを活動母体に思考ゲームの科学技術を広く普及振興する活動をしてきたが、その活動が評価された。

「思考ゲーム」とは囲碁や将棋、カードゲームなどのいわゆる頭を使うゲームであるが、5人が受賞した「科学技術の普及啓発」とは、これら思考ゲームをコンピュータにプレイさせる思考アルゴリズムの研究や人間がプレイする過程を調べる認知科学的研究を著作や解説で広く一般の人に知らしめただけでなく、この研究分野を発展すべくプログラミング講習会や大会を企画して、若い研究者への参入機会を提供し、その研究活動を研究ステーションが企画するシンポジウムなどで発表する場も提供するといった幅広い活動が認められてのことである。

3種類の「UEC杯」大会を開催して思考ゲーム開発を支援

同研究ステーションは、コンピュータ将棋(5五将棋)、コンピュータ囲碁、コンピュータ大貧民などの思考ゲームを題材に普及啓発活動に取り組んできた。主な活動は、「UEC」の冠がついたコンピュータプログラミング大会「UEC杯5五将棋大会」、「UEC杯コンピュータ囲碁大会」、「UEC杯コンピュータ大貧民大会」の開催、それぞれの分野での講習会の開催、さらには学会誌やメディアを通じた広報活動などである。

伊藤毅志助教は「エンターテインメントと認知科学研究ステーション」代表を務め、UEC杯5五将棋大会を始め、UEC杯コンピュータ囲碁大会、それぞれの講習会の開催などほぼすべての活動に関与してきた。 村松正和教授はUEC杯コンピュータ囲碁大会の運営や、コンピュータ囲碁講習会などで、また、西野哲朗教授と西野順二助教はUEC杯コンピュータ大貧民大会の開催や運営、コンピュータ大貧民の講習会や高専への指導などの分野で、それぞれ普及啓発活動をしてきた。(これまで数年の活動と成果は、文末掲載のリンク参照)

写真3 5五将棋大会の風景(2009年)
写真4 コンピュータ囲碁大会(2009年)
写真5 コンピュータ大貧民大会(2009年)

講習会を開き、最新技術や基礎技術の普及を図る

写真6 コンピュータ囲碁大会の対局解説

「UEC杯コンピュータ囲碁大会」は、もともとコンピュータ囲碁フォーラムが開催していた「世界コンピュータ囲碁大会岐阜チャレンジ」を、引き継ぐ形で2007年から電通大が開催しているもの。囲碁は広く普及している思考ゲームの中でも探索空間が10の360乗(注1)と最も広く、チェス(同10の120乗)や将棋(同10の220乗)に比べても、とりわけ強い思考アルゴリズムの開発が難しいとされてきた。しかし、2006年にモンテカルロ囲碁(注2)が登場する。伊藤助教らは、難しいとされるコンピュータ囲碁プログラミングを、情報系学生や一般のプログラマ向けに分かり易く解説する講習会を2007年に開き、また、2008年にはモンテカルロ碁の仕組みと実践的プログラミングを行なう講習会を開いてこの先端的手法を紹介するなど、開発者の裾野を広げる活動をしてきた。この結果、これらの講習を受けた学生やコンピュータ初学者がUEC杯コンピュータ囲碁大会に多数参加するようになったという。

写真7 5五将棋大会の風景(2008年)
写真8 5五将棋

「UCE杯5五将棋大会」も2007年から開催。5五将棋(注3)はマス目が5×5のミニサイズの将棋で、普通の将棋プログラムに比べると、探索範囲が狭くて済み、序盤の定跡などを考慮する必要がないため、将棋に対する専門的な知識がないプログラマーでも取り組みやすいという利点がある。それでいて将棋としてのエッセンスを残しているので、熟達した将棋プログラマにとっても新しいアイディアを試してみるには絶好の題材になるという。このためUEC杯5五将棋大会は、初心者の登竜門になるだけでなく、熟練の開発者が新たな技術を生み出す起点になっているという。伊藤助教らは、5五将棋を題材に学生にプログラミング指導をしているほか、自らも5五将棋を題材に、「合議アルゴリズム」(注4)やKIDS(注5)の研究を展開し、成果をあげている。

もうひとつの「UEC杯コンピュータ大貧民大会」は2006年から毎年調布祭の時期に開催されている。「大貧民」(または大富豪)は、1960年ごろ日本で生まれた最もポピュラーなトランプゲームの一つで、囲碁や将棋プログラムと違い、複雑な探索技術を使わなくてもルールベースのプログラミングで相応に強いプログラムが作れる。このため、5五将棋同様、初学者がプログラミングを学習するための格好の題材になるという。

西野哲朗教授らは「大会」を主催する傍ら、講習会や高専などへのゲーム技術の指導を行ってきた。こうした普及活動の結果、「大貧民」をプログラミング授業に採り入れる高専が出てきている。また、「大貧民」の初代優勝プログラマでもある西野順二助教は、「詰め大貧民」という新たな思考ゲームを提案している。相手の手の内が分からない不完全情報ゲームである大貧民も、終盤では1対1になり自分の残りカードを差し引くことで相手のカードがすべてわかる状態になる。この状態になれば、囲碁や将棋のような完全情報ゲームになり、探索により最適着手が決定できるようになる。それを「詰め大貧民」と定義して新たなエンドゲーム(終盤から逆算するゲーム解析手法)の研究領域を創り出した。

今秋の二つの大きなイベントにも参画

この秋には、思考ゲームにとって大きなイベントが国内で二つある。一つは、各種コンピュータ思考ゲームの国際競技大会である第15回コンピュータ・オリンピアードが日本で初めて、金沢の北陸先端科学技術大学院大学で開催される。この大会にはコンピュータチェス世界選手権と、ゲーム情報学国際会議が併設されており、世界中のコンピュータゲーム開発者、研究者が集まる大イベントになる見込みだ。 コンピュータ・オリンピアードの種目は、バックギャモン、ブリッジ、象棋、将棋、囲碁、9路盤囲碁等々だが、伊藤助教は「5五将棋」の開催を提案し、国内外に参加者を呼びかけている。台湾など海外からも参加の動きがあり、「是非5五将棋を国際的なゲームとして広めたい」と意欲を燃やしている。もうひとつは、10月11日に予定されているコンピュータ将棋と女流プロ棋士の直接対決イベントだ。これは、(社)日本情報処理学会の50周年記念事業「トッププロに勝つコンピュータ将棋プロジェクト」の一環として企画されたものである。4月に情報処理学会の白鳥則郎会長が「コンピュータ将棋を作り始めてから苦節35年、漸くにして名人に伍する力ありと情報処理学会が認めるまでに強いコンピュータ将棋を完成致しました」として、(社)日本将棋連盟・米長邦雄会長に毛筆の挑戦状を渡し、米長会長が「いい度胸」と受けて立ったことで実現し、各種のメディアで大きく報道された。 この対局の情報処理学会側の中核メンバーとしてコンピュータ将棋を準備するのが、伊藤助教と松原・公立はこだて未来大学教授だ。これまでのコンピュータ将棋大会などで実績のある複数の強いソフトに、伊藤助教らが開発した合議アルゴリズムを適用して、合議により次の一手を決めるプログラムが、学会側の用意するシステムになるという。伊藤助教によれば、合議アルゴリズムを用いることで、単体のプログラムよりも勝率にして6割5分以上強いプログラムになるとのことで、国内最強のコンピュータ将棋が実現されることになる。コンピュータ将棋が勝つのか、女流プロ棋士が勝つのか。思考ゲーム開発史に残る熱戦を期待したい。

(2010年6月)

  • 注1:羽生善治、伊藤毅志、松原仁「先を読む頭脳」、平成21年4月発行(新潮文庫)の216-217ページ参照。
  • 注2:モンテカルロ碁:モンテカルロ法(乱数を用いてシミュレーションを繰り返し行うことにより近似解を求める方法。物理計算などに広く使われている)を採用した囲碁ソフト。2006年にイタリアのトリノで開かれた第11回コンピュータ・オリンピアード(ゲームソフトの国際競技)でモンテカルロ法とUCT(Upper Confidence bounds applied to Trees)という探索木アルゴリズムを採用したCrazy Stoneが9路盤囲碁部門で優勝して、囲碁ソフトに革命をもたらしたと言われている。
    囲碁は途中の着手選択肢は多いが、合法手(ルール上選べる手)の生成が容易で、終局さえ定義できれば勝敗は簡単に計算できる。このため、何千、何万局もランダムに対戦して、終局の結果を見て次の1手を選ぶというモンテカルロ碁の基本的な考え方に適しているという。もちろん、アタリの処理とか、コウのルール、2眼を持って生きている目の中には打たないなどの基本的な囲碁のルールは持たせておく。
  • 注3:5五将棋:普通の将棋から「桂」と「香」を除いた、マス目が5×5のミニ将棋。駒の動きは普通の将棋と同じで、自分の駒が相手陣(第一線)に入ったら成ることが出来る。(写真8)
  • 注4:合議アルゴリズム:思考アルゴリズムの違う複数のプログラムに同じ局面を与えて、得られた候補手の中から最適な次の一手を選択するアルゴリズム。選択する手法には色々あるが、単純に多数決を行なうだけでも効果があるという。まさに、「三人寄れば文殊の知恵」で、伊藤助教らの研究ではより効率のよい合議手法の開発と、そのメカニズムの理論的研究を行っている。
  • 注5:KIDS:Knowledge Intuitive Description Systemの略で、伊藤研究室で行っている熟達者の知識を抽出するためのシステム。5五将棋や九路盤囲碁へ応用した例がある。